学芸員よりCURATOR
兵どもの夢の跡 〜野外具体美術展の作品配置について
エッセイ
山本淳夫(横尾忠則現代美術館 館長補佐兼学芸課長)
2024年、鈴木慈子学芸員(兵庫県立美術館[当時]、現在は横尾忠則現代美術館学芸員)と共同で、1956年に芦屋公園で開催された「野外具体美術展」の作品配置調査を行いました。約14点の作品について、当時の展示位置をほぼ特定することができました。

現在の芦屋公園(撮影:山本淳夫)
筆者が最初に1956年の写真と同じ枝ぶりを見つけたスポット
この調査のきっかけは2022年にさかのぼります。阪神南県民センターから連絡があり、大阪・関西万博に向けて「具体」に関する事業を考えているので、相談に乗ってほしいといわれたのです。万博関連と聞いた筆者は、きっと莫大な予算が使えるに違いないと勘違いし、「野外具体美術展」のVR再現を提案しました。現在の芦屋公園でVRゴーグルを装着すれば、眼の前に70年前の作品群が立ち上がる。そんな体験ができたら、とても面白いと思ったのです。
しかし実際には、いくつか問題がありました。ひとつは、そもそも70年前の作品配置が正確に特定できなければ、再現のしようがないことです。試しに記録写真を片手に芦屋公園を歩いてみましたが、皆目見当がつかず、落としたコンタクトレンズを探しているような気分になりました。
そんなある日、鈴木学芸員のレクチャーを聴講した際のことです。スライドのなかに、筆者がこれまで見たことのない、白髪一雄による野外展のスケッチがありました。描かれた作品の位置関係が大まかにでも正しければ、あらかじめ調査範囲を絞り込める可能性が出てきたのです。
そこで鈴木学芸員とともに芦屋公園に足を運び、白髪のスケッチと記録写真、そして現実の松林を照合する作業を行いました。会場として使用された鵺塚橋以北の2区画のうち、北区画はより小さく、展覧会の看板類のほかは嶋本昭三の《大砲絵画》が展示されていたようです。10メートル四方の真っ赤なビニールシートにむけて、自作の大砲から絵具を発射して描かれたもので、すごい迫力だったと思います。
そして南区画の中央には、田中敦子の巨大な十字架(ひと形)が展示されていました。前面に取り付けられた無数の白色電球が、同時にゆっくり明滅します。田中さんは、作品にのめり込むと、まわりが見えなくなるタイプでした。恐らくあまり空気を読まずに、会場のどまんなかに作品を設置したのかもしれません。ちなみにリーダーの吉原治良の作品は隅っこに、遠慮がちに展示されていました。作品の配置がいくらか分かったことで、作家たちの息遣いが、よりリアルに感じ取れるような気がしました。
しかしVR野外展そのものは、技術的に実現不可能なことが分かりました。それなりのクオリティでデータ化するには、対象物を写した写真が何百枚も必要なのです。ただ現在、すごい勢いでAI技術が進化しています。そのうち、残存写真だけからイメージを補完し、70年前の空間をVR再現できる日が来るかもしれませんね。
[参考]野外具体美術展の作品配置調査(兵庫県立美術館季刊誌「アートランブル」Vol.89より)